勝て勝てカープ(1-10)
WATさんのカープへの熱い思いを。
思い付くがままにビールを飲みながらのキーボード入力では、内容に脈絡がなくなるかも知れませんが、おおめに見てお付き合い下さい。(関連のリンクも見てね。)
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目次
10.正田選手、完全燃焼ありがとう。(98/10/04記)
9.大野選手、素晴らしい思い出をありがとう。(98/09/28記)
8.若鯉もレギュラーも解説者もみんなガンバレ。(98/09/24記)
7.朝*新聞の「西村欣也編集委員」へ抗議する。(98/09/16記)
6.江藤・町田と仏壇通りで。(98/09/15記)
5.彌勒の里・神勝寺球場。(98/09/13記)
4.謙二郎のホームラン・ボール。(98/09/06記)
3.大阪時代・甲子園球場で。(98/08/29記)
2.神宮の杜には昔から悪魔が住んでいる!(98/08/28記)
1.勝て勝てカープとともに。(98/08/23記)
勝て勝てカープ
●(全体目次)
●勝て勝てカープ No.001 - No.100 (1998/08/23〜1999/09/25)
●勝て勝てカープ No.101 - No.200 (1999/09/26〜2000/09/03)
●勝て勝てカープ No.201 - No.300 (2000/09/09〜2001/12/31)
●勝て勝てカープ No.301 - No.400 (2002/01/01〜2003/07/27)
10.正田選手、完全燃焼ありがとう。(98/10/04記)
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『♪♪土にまみれて戦え勇ましく、走れ疾風のように進めいざ進め♪♪』
ご存知正田の応援歌だが、WATさんはこの歌が大好きだ。まさに正田選手にピッタシなこの歌を作ったカープ・ファンにも感謝している。ノンプロ時代には全日本代表・オリンピック代表だったとは言え、プロでやるにはいかにも体力に劣る・・・・・・そう思いながら見守っていた。ところがそんなハンデイをはねのけ、二年連続首位打者の大活躍は、本当に素晴らしいのひとことである。練習の虫、努力の虫、そうしてつかみ獲ったスイッチヒッターとしての技、それを見るのが大きな楽しみだった。「一流のワキ役」どころか、WATさんにとっては「主役」だった正田の活躍が、もう見られないのは残念で寂しいが、完全燃焼し悔いなくグランドを去って行く姿に、心から拍手を贈りたい。29日の市民球場は残念ながら駆け付けられず見逃したが、昨夜のドームでG川相から花束をもらう姿に、WATさんは熱いものが込み上げた。
正田!。いろんな思い出をありがとう。
今からーあ、「組長・正田」として素晴らしい選手を育ててくれーよ。
頼んだどー!。しょーだー!。
9.大野選手、素晴らしい思い出をありがとう。(98/09/28記)
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・あんたにゃー、いろーんな思い出があるのー。
背番号60の時の記憶はほとんどないんぢゃが、まーえーぢゃないか。テスト入団・軟式の草野球しかやった事がないー・・・?、カープをナメとるんかー・・・と思ったこともあった。まーそれもえーぢゃないか。WATさんの故郷・呉(二河球場)で入団テストを受けたのも何かの因縁よのー。一番好きな広島県の、その次に好きな島根県・出雲出身・・ゆーのがまたえーよのー。デビューでは痛い目に会うたが、次の年からは57番での快速球・・・やってくれたよのー。
細くてしなやかでダイナミックなフォーム。いつでも全力投球。
飾り気のない話振り、ほいで男まえ。
槙原とのし烈な投げ合い。最後まで球場で見させてもろーたで。
胴上げピッチャーの時きゃー最高ぢゃったのー。今でも目に浮かぶでよー。
沢村賞に最優秀防御率にセーブ王、そしてついでにベスト・ドレッサー賞。
22年間、707試合、35,514球。
148勝138セーブ。
最後の最後まで146キロ。
「我が選んだ道に悔いはなし」・・感動したよー。
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いろんな素晴らしい思い出と感動を、本当にありがとう。これからもカープのために頑張ってくれよ。
8.若鯉もレギュラーも解説者もみんなガンバレ。(98/09/24記)・・・・
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本日の市民球場は雨模様だそうで、G戦は残念ながら中止。
セのペナントの行方はほぼ決まったこの時期の楽しみは、個人タイトル争いともう一つ、思い切った若手の起用が見られることだ。昨日(9/23)は6:20PMからTBSラジオにかじりついていたが、なんと河野・田村のバッテリーにケサダと高山。ヤッホー、先発ナインの平均年齢がグッと若返っとるどー。アレーッ、解説者の少々訛った低めのその声は、ナント安仁やん。河野もこの前のT戦とは違って調子よさそう、WATさんは何たる幸せ・・・・と思っていたとたんに3点取られた。 「何を寝ぼけたことを言よーるんかいね。犠牲フライで3点も入るわけなかろーがー、ラジオぢゃよー見えん。」…どうも本当らしい、しっかり守って若いピッチャーを守り立ててやらんといけんのに・・・。まァ、ええか、相手のPは岡島ぢゃから3点はハンデぢゃ、これからしまって行こうで。 7:04PM,いよいよTBSテレビも始まった。河野ッ、アップで写っとるど、頑張れよ。TVの解説者は衣さんと西田、衣さんもほめとるでえー。
・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・せざるをえない展開。
岡島に獲られた三振の山、ゴジラのグランドスラム、タムケイの2失策。救いは江藤の27号とトマピョンの3号、それに何と言っても今後の期待を大きくした河野昌人!、来年が楽しみじゃね。他のみんなは多いに反省せーよ、わかっとるね。
まだまだ行ける、
HR王:江藤、 首位打者:前田・緒方、 打点王:前田・江藤
最多勝:ミンチー, 新人王:幹英
7.朝*新聞の「西村欣也編集委員」へ抗議する。(98/09/16記)
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9月15日のスポーツ欄での「前田叩き」の記事にはあきれたもんだ。あなたが書いているような事実(女性ファンへの暴言)があったとは思いたくもないが、前田だって聖人君子ではなく人の子・努力の人である。たまには虫の居所が悪いときもあることぐらい、聡明なあなたなら当然わかっているであろう。もしも万が一、行き過ぎと誤解されることがあったのなら、そっと教えてやるのがスポーツを愛する人の、またスポーツに関連する人のとる行動ではないか。それを全国紙の4段抜き紙面で個人攻撃するとは、明らかに行き過ぎであり「ペンの暴力」と言わざるを得ない。中田や伊良部に対してもこんなことはなかったのに、全く大人気ないことであり、貴兄を尊敬していた私はがっかりした。
東京では中国新聞が読みたくても残念ながら配達してくれない。サン**はイマイチ・・・、ましてや読*はGの・・・・、したがって広島では中国新聞、その他の地域では朝*新聞と決めているWATさんはやりきれない思いぢゃ。そう言えば最近、朝刊の配達時間が遅いので、購読期間の延長依頼に来たあんたとこの勧誘員にクレームしたら、「それなら読*に変えませんか?、私は読*でも紹介手数料貰えるんです。」と言われビックリした。アンタとこも地に落ちようとしとるんかいねー。残念ぢゃし寂しいよー。
前田ッ!。WATさんは本当に悔しいぞッ!。首位打者を取ってこんな奴らを見かえしてやってくれッ!。頼むぞ、前田ッ!!!!頑張れ、前田!!!。
6.江藤・町田と仏壇通りで。(98/09/15記)
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・あれはいつぢゃったかねー。銀山町から入ったところの仏壇通りの「お好み焼き屋さん」で会うたよね。それにしても、ようもあれだけ食べたよねー。もっとも、あの時あんたらは二人ともまだ22−3歳ぢゃったけんのー。WATさんは、あんたらの豪快に食べる姿を見ちょるだけで嬉しかったでよー。次の日はWATさんの故郷・呉二河球場でのゲームの予定ぢゃッたから、「町田、明日はホームラン打ちんさいよ。」言うたら、「分かりました、打ちます。」言うて約束して別れたよねー。あの約束はどーなったかねー。WATさん、物忘れがひどーなってきて忘れてしもうた。きっと、打ってくれたよねー。
こんなことが言えるのも広島だからであり、東京ではありえない。東京都と埼玉県と神奈川県の3つを足しても広島県の広さには及ばないところに、人口は広島県の十倍位いるのだからしかたがないが、江藤と街でバッタリ・・・・なんてことは、東京では夢のまた夢。またいつかは、広島に帰りたいと思うWATさんです。何故か・・って、「そりゃー、カープがおるからに決まっとろーがねー。」
5.彌勒の里・神勝寺球場。(98/09/13記)
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’70年代および’87/’88年(合計12年間)はWATさんは福山勤務。古い話しなのでかなり記憶が曖昧になっているが、福山の隣の駅「JR大門」の助役さんが「備後赤ヘル後援会」の副会長だったと思う。その助役さん企画の、岡山発・赤ヘル専用臨時列車「備後赤ヘル号」での応援は色々思い出も多い。
しかし、何と言っても彌勒の里・神勝寺球場での二軍の練習やウエスタン・リーグ戦には、ひと味違った思い出がある。狭い球場・狭いスタンドでは、大きな球場と違い選手との距離が近い。
例えばWATさんのすぐ側で選手がプレーしている、
「それぢゃー、いつまで経っても一軍に上がれんどー。」とWATさん。
「すいませーん。頑張りまーーす。」と若鯉選手・・・・・・・・・・・・・・・
最近はとんと時間がなくなり、キャンプやウエスタン戦に行く機会がないので残念だが,もうすぐ芽の出てきそうな若鯉の発見や、調整にやってきたレギュラー選手との至近距離での触れ合いは、マスメディアヤ市民球場などでは味わうことの出来ない格別のものである。まだ未体験の方にはお勧めです、是非一度どうぞ。 今は由宇の方がいいのかな。
4.謙二郎のホームラン・ボール。(98/09/06記)
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1989年から1994年の6年間はWATさん待望の広島勤務だった。会社終わってから市民球場までチンチン電車で10分(歩いても25分)と近く、また、14階のオフィスの窓からはナイターの照明塔の光が「早く来い、早く鯉」と囁いているように思えた。業務スケジュール表に「山本浩二と面会・訪問」とよく書いておいたもんだ。ゲームは進んで、7回からでも「勝利のバンザイをしに行こう。」と出かけたもんだ。
原爆ドーム前で降りてレフト側から入り、ビールを片手にライトスタンドまで廻り込むのがだいたいのパターンだが、一度だけホームラン・ボールを手にしたことがある。野村のライト中段まで行ったボールが、WATさんの目の前まではずんできたのを上手い具合にGetした。永年にわたり多くのHRを近くで見てきたが,運良くGet出来たのは、後にも先にもあれだけだ。 以来、我が家の「家宝」なのである。♪♪赤い闘志燃やせ 赤い旋風巻き起こせ ♪♪
♪♪勝利目指して駆け抜けろ 走れ野村謙二郎♪♪('90/5/24 対Tigers戦 野村・第6号 2ラン・ホームラン、試合は6:8で惜敗)
3.大阪時代・甲子園球場で。(98/08/29記)
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1983年から1987年までの5年間をWATさんは大阪で暮らした。転勤に伴う赴任のためであり、住まいは茨木市内だった。吹田インターから名神高速道路を飛ばせば、甲子園までは30分程度でありチョコチョコ駆けつけたもんだ。最初はおとなしくビジターの3塁側に・・・と思って座ったつもりだったが、実はそこは地獄ぢゃった。3塁側のスタンドに座って向こう正面を見ると、(当たり前ぢゃが)そこはライトスタンドぢゃった。甲子園のライトスタンドも、例によってものすごい熱狂的なファンがいつも陣取っており、
「♪♪ここまで飛ばせ、ほりこめホリコメ掛布♪♪」
「♪ソーレかっ飛ばせバース、ライトへれふとへHR♪♪♪」
の大合唱がまともにぶつけられるので、カープ・ファンとしては長居は無用の3塁側であった。以来、甲子園でも比較的居心地のよいレフトスタンド専門となるのは、当然の結果である。レフトスタンドは当然広島弁OKぢゃが、ある日のこと思わぬ友人に出くわした。H銀行の天王寺支店に勤めていたS君との出会いは、何となんと小学校卒業以来の24−5年振りだった。衣笠も浩二もよー打ったしカープは勝ったし、あの日は最高ぢゃったね。
2.神宮の杜には昔から悪魔が住んでいる!(98/08/28記)
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・今年は何たることか、神宮球場で一度も勝てないままに通算14連敗で終わった。3年半前に東京へ引っ越して来たWATさんの自宅からは、神宮のレフトスタンドまでは約30分と近いだけに、その悔しさはひときわである。こんなことなら、正月に明治神宮にお参りに行ったとき、「全部とは言わんが、半分くらいは勝たせてよ。」と頼んでおくべきだったと、今更悔やんでいる。
・実は、昔もこれと同じようなことがあったのをどうしても思い出してしまう。今はヤクルトの若松コーチが現役だった頃、何故か勝てず彼に何度も痛い目にあわされたことがあった。リードしていてそれを逆転さよならホームラン・・・・と言うのが続いた。この状況を悔し紛れに「神宮の杜に悪魔が・・」と言ったもんだ。今年の現象も、この「悪魔」の再来としか言いようがなく、悪魔祓いをせにゃーいけん・・・・と本気で考えているWATさんです。
・来年の正月の明治神宮参拝で、よくよく頼んでおくのはWATさんに任せてもらうが、来期新監督の達川さんも、悪魔祓いを何か考えといてちょうだい。来年は、神宮の初戦で連敗をストップさせんといけんでー、頼むでよー。
1.勝て勝てカープとともに。(98/08/23記)
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「青いグランド緑の風に、開く花びら世紀のチーム・・・・・・・」で始まる皆さんご存知の、広島カープの歌(現:勝て勝てカープの歌)がいつ出来たのかを正確には覚えていないが、194x年カープ誕生の少々前に産まれた私はこの歌をまるで童謡のようにして育った。毎日まいにち野球パッチンに興じ、とにもかくにもカープ勝てば喜んだ昔の日々から今日まで、他の球団には目もくれずカープ一筋に生きてきた。勝て勝てカープ
●(全体目次)
●勝て勝てカープ No.001 - No.100 (1998/08/23〜1999/09/25)
●勝て勝てカープ No.101 - No.200 (1999/09/26〜2000/09/03)
●勝て勝てカープ No.201 - No.300 (2000/09/09〜2001/12/31)
●勝て勝てカープ No.301 - No.400 (2002/01/01〜2003/07/27)
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WATさんの童謡歌 : 勝て勝てカープ(旧題名:カープの歌)
| 1. | 青いグランド緑の風に ひらく花びら世紀のチーム 僕の私の広島カープ 郷土の希望を背負って起った 男ナインの心意気 勝て勝てカープ 勝て勝てカープ カープ カープ われらのカープ |
| 2. | 燃える太陽湧きたつ雲へ 球も火を吹く大きなあたり 腕は自慢の広島カープ 打って守って走って投げて 見せる練磨の技と熱 勝て勝てカープ 勝て勝てカープ カープ カープ われらのカープ |
| 3. | 晴れの試合へ若さをかけて チームワークの輝くプレー 伸びる力の広島カープ 夢もでかいぞ世界の空へ 響けみんなのこの歓呼 勝て勝てカープ 勝て勝てカープ カープ カープ われらのカープ |